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蜻蛉日記

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2013/08/11 01:45:30

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道綱の母が書いたとされる、蜻蛉日記



大学時代ちょこっとかじった



平安の頃の貴族の日記というのは他人に読まれるのを前提だったそうだ


ということは、今のオフィシャルブログみたいなもので、当時はネットじゃなかったから、それを人から人へと写し、写本が出来上がり、またさらに、いろんな人へと読み継がれたそうだ



蜻蛉日記もその中の一つだ




道綱の母という人はめちゃくちゃ美人だったらしい。


けど、『道綱の母』としか、書いてないよーに、身分の低い女性だったそうだ。


で、身分のは低いけど、美人だった彼女は兼家に見染められて妾となる




この時代、一夫多妻制ではなく、厳密には一夫一妻多妾制だったそうだ




つまり正妻は1人、あとは愛人




道綱の母も、そんな大勢の愛人の1人



通い婚だった、当時、蜻蛉日記には道綱の母の兼家への愛情や、恨みなんかよく書かれている


彼からもう何日も連絡がない

正妻(時姫)のことはもう好きじゃない、お前だけを愛してるっていったのに、昨日は時姫のところに泊まったようだ



あたしのところには、仕事の合間にしか来てくれなくなった



いつ時姫と別れるのだろう



別の妾を最近囲っているらしい


時姫に嫌がらせを受けた、悔しいから兼家に言ったけど、あたしの肩すら持ってくれない。悔しい




こんなようなことが事細かに書いてある






で、最初は読みながら



いつの時代も片思いは大変だなぁと


それぐらいの気持ちでよんでいたのだが





教授がこんなことを言っていた



この当時の日記は他人に読まれることが前提


それを頭に入れて読み返すと面白い推測がたつんだよ





道綱の母は、兼家が会いに来てくれない悲しさを毎日のように、嘆いているのだけれど、




日記をちゃんと調べると兼家は、道綱の母のもとに3日も空けずに通っていることになるんだ



兼家ほどの大物が3日も空けずにだよ?


愛人宅にだよ?



充分愛されてると思わないかい?




僕が思うに、道綱の母はとても位の低い方だったから、正妻の時姫とはしゃべることも出来なかったんだ



だから日記を綴った



恨み、悲しみを書くふりをして、あたしは兼家にこんなにも愛されていてかわいい息子もいるのよ、って




時姫はこの蜻蛉日記を読んだときどんな気持ちだっただろうね





女って怖いね






ほー、なるほど。


と、思った




そーいう表現の仕方もあるもんだなぁ、と





道綱の母は没後前、20年は確か日記書いてなくて



出来れば、心が満たされて



時姫への当てつけ日記を書かなくても平気なくらい幸せな余生を送ったと思いたいなぁ

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