生きるのって大変

50才からの自分

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2017/10/07 04:55:18

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また福島沖で震度5。あの日の事は東京にいた私にも未だ鮮明だ。あの瞬間、私は娘と家にいた。娘はたまたま高校が午前中で家にいて、近所の図書館に行く直前だった。シンクの中に入れた食器が嫌な音がした瞬間揺れ出した。マンションが前後?に半端なく揺れた。娘を玄関前の廊下に連れて行った。一番落ちてくる物がなかったし、何かあったらすぐ部屋から出られると思ったから。娘は「怖い、怖い」を連呼して一瞬で顔色が真っ青になってしまった。マズイと思った。私は21から35くらいまで何度か過呼吸で病院に救急で行った事もあったので、同じようになる状態に見えた。娘に「大丈夫、大丈夫。地震はせいぜい揺れは三分だから。ゆっくり吐いて、吸って」と言い続けた。自分はこれはもうダメだと思っていた。ここからどう無傷で娘を外に出せるか考えながら、この揺れは長すぎだ、マンションが耐えられるか?と考えながらも娘の背中を摩りながら「吸って、吐いて」だった。結局家の中のものは何も壊れなかった。食器棚は耐震ポールで補強してあったし、家の中に背の高い家具はなかった。東北の方々はあの日からどれだけ大変な生活をなさったかは私などが想像するのもおこがましい。娘はその後大学生になってから二度東北ボランティアへ行った。主人は早いうちに仕事で茨城にボランティアに入ったが、その時に茨城にかなりの揺れがあった時があり、並べた商品がまた崩れてしまったりしたらしい。今回もあの日の余震らしいが、癌も一度なると一生再発に怯えてビクビクするらしい。何故かその話を主人からちょっと前に聞いた。若くて癌になってしまった方は本当に大変だと思う。これも今まで普通に生活して来た私がわかったような事は言えないのだが。

昨日は、キンタローの社交ダンスが見たくてテレビを見ながら横になっていたらウトウト寝てしまい、結局キンタローがどうなったのかわからなかった。そのまま寝ていたら、12時ごろに娘が「地震だ」と言った声で目が覚めた。テレビで確認しようとしたら、メガネの耳にかける部分のネジが外れていた。それを直してテレビ見て寝ようとしたら主人が帰って来た。私はまたウトウトしなが寝てしまったが、4時ごろ目が覚める。トイレに行くとリビングが光っていて、テレビが付けっ放しになっていた。ちなみに主人はリビングで寝ている。

雨がまだ降っている。目が覚めるちょっと前から自分が癌になってる夢か思い込みかわからない気持ちが湧きながら目が覚める。とりあえず、今日はMRI検査だから、双六なら🎲やっとふれて、1が出たって感じかな。もう少し眠りたい😴

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