ナホさんのブログ

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息もできなくて 1

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テーマ:小説 > 妄想

2016/11/27 21:49:03

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早朝に病院から連絡があって、奴とユマ姉さんと私とは車でお母さんの病室に駆け込んだが、間に合わなかった。
お母さんの顔は、苦しんだ様子もなく、ただ普通に眠っているように見えた。
だから、もう目も開けないし口も開かないということが、信じられない。
だから、すぐには涙も出てこなかった。
ただ、お母さんの顔を見つめていた。
しばらく見つめていても全く動かないことを実感し、
ぼぉ~としていたら、目から熱いものが流れ落ちているのに気が付いた。

ユマ姉さんは、黙って私の手を握ってくれていた。
言葉よりも、ありがたかった。
こんな時は、どんな言葉よりも「生きている」証の温もりが沁みた。
奴は、むせび泣いていた。どうして、どうして、としゃくりあげながら言っていた。
本当に悲しかったのだとは思うが、私は醒めて見ていた。
こいつが何をしても言っても、私の中には偏見が巣食っていて、拭うことができないのだ。

人が亡くなった後のことは、実体験した人なら皆わかってくれると思うが、「何とかしなくちゃ」と気丈にこなしていても、実は心がフリーズしていたりして、後から思い出そうとしても全部は思い出せなかったりすることがある。
私がそうだった。
告別式が明けるまでの記憶がとぎれとぎれだ。
お父さんの親戚が何人か御焼香に来てくれて、
「さなちゃん、お母さんまで」と手を取って泣いていた。
でも、私は一緒に泣くことはなかった。
対応としてはショックで呆然としている娘ということで、皆それなりに受け止めてくれたと思う。
だけど、私は「わざわざ来てくださって恐縮です」といういかにもなセリフを言いながらも、
「でも、貴方たちは私のこの後の面倒を見てくれるわけではないでしょう」と思っていた。
たった一人の近い肉親を亡くし、私は孤児になったのだ。
世間的には、父と姉がいるが、血は繋がっていない。
そして、その血の繋がっていない父は・・・・・
私には泣いている余裕はなかった。
これからの人生の舵取りを真剣に考えなくてはならない。

この後ずっと迷って考えて出した結論は、自分でも人でなしで道を踏み外したということはわかっている。
だから、このことは自分の中に埋め込んだまま生きて、自分が死んだら一緒に葬ることにしている。

正直、夢の中でお母さんと一緒にあの河を渡ればよかった、と今でも思うときがある。
そうしたら、人でなしにならないで済んだのに。

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