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手術の日。

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2016/10/14 00:00:05

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2016年 10月 13日
流産と診断されたため、
今日、子宮内容除去術を受けた。


妊娠が分かった時から別れの時まで
大袈裟に言うほどの痛みも苦しみもなく


それは
お腹の子が負担をかけないように
自分を犠牲にして私を守ってくれたからなのかな


現在、私は41歳。
今から21年前の春、初めて妊娠した。


あの時は
阪神淡路大震災や付き合っていた相手、
自分の体の健康状態、周りの状態、
色んなことに恵まれず出産することを断念した。


━ きっとこの子は
何度でも生まれ変わって来てくれる ━


あの頃の私は
そんな自分勝手なことを願いながら
友達に付き添ってもらい
冷たいベッドで一生、癒えない消えない罰を負った。


あれから時は流れて21年後、人生2度目の妊娠。


とっくに
私はもう子供の出来ない体なのだと諦めていた。


だから、2年前の39歳の時、
14年間、付き合っていた彼と結婚する時も
子供は出来ないかも知れないって話し合ったし


その後も、
避妊は特別してなかったけど
かと言って、妊活らしきものも何もしてなかった。


しいていうなら
去年、ある病気になってから
鉄分や葉酸入りの牛乳を毎日飲むようになったこと
その影響でたばこの本数も大きく減らしたこと
生理を管理してくれるアプリを使っていたこと


探せば他にもあるのかも知れないけど
今、思い当たるのはこの程度。


なのに妊娠。


嬉しくないはずがない。
世界で1番愛してる人の子供が授かれたのだから。


それに妊娠出来る体なんだって感動したし
やっとやっと親孝行が出来るって
やっと旦那と私に家族が増えるって
本当に本当に嬉しかった。


以前なら
街行く妊婦さんやベビーカー押してる人を見かけても
私には無縁な世界だと気にもならなかったのに
私にも、ああいう日が来るんだって思うと
人ごとだと思えなくて、待ち遠しくなった。


きっと私は妊娠しにくい体だろうし
年齢的にもこれが最後のチャンスだと思った。


でも、
その後、診察しても一向に心拍が確認出来ないまま
イヤな不安ばかりがドンドン募って


最後の昨日の診察では
小さな小さな赤ちゃんらしき姿も見えたのに


すでに胎嚢の成長も止まってしまっていて
心拍も確認出来ず繋留流産と診断された。


そのまま、その日に入院
そして、今日手術を受けて今はお家で安静中。


悲しくないはずがないけど
昨日は、最後のサヨナラだと思うと
病室のベッドの上で涙が止まらなかった。


でも、
もう一度、奇跡が起きるのなら……


次こそ
次こそは元気な体で産んであげたい。


今回、残念だけどお空に帰ってしまった我が子。
その顔、その姿、
見ることも抱くことも叶わなかったけど
私のお腹に来てくれてありがとう
ずっとずっと愛してるよ、ありがとう

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