ルチアさんのブログ

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サイレント・ブルー ―終章 4-

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テーマ:小説 > ホラー

2016/10/04 21:02:59

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スマホの通話を切ると、柚木は車の助手席に放り投げた。
 そうして、炭酸水が入ったペットボトルに手を伸ばし、一息に飲む。
「やれやれ……」
 ペットボトルをホルダーに置き、軽くため息を吐いた。
「千華ちゃん、頑張っているな……」
 教え子の保護者に刺されたという事実は、思った以上に柚木に衝撃を与えていた。
 襲われたのは千華子で、柚木は庇ったに過ぎないが、それでも考え込んでしまうには十分だった。
 柚木としては、精一杯仕事をしているつもりだった。
 所謂モンスターペアレントと言われる昨今の保護者達にも、誠実に対応しているつもりでいた。
 それは、新見じゅえるの母親にも、同じだった。
  確かに、じゅえるではなく妹の方の担任ではあったが、それでも、新見じゅえるの母親は、十分にモンスターペアレントだったのだ。
 でも。その結果が、あの傷である。
 そう思いながら、柚木は刺された場所を服の上から押さえた。
 別に、新見じゅえるの母親だけが問題ではない。
 毎年、どのクラスを受け持とうが、問題のある子は必ずいた。 そして、そんな子の親達は、たいてい何らかの問題があった。
 毎年、そんな親子に出会うたびに、「できるだけのことはしよう」と思って努力してきた。
 けれど、感謝されることはまれだった。
 大概は、罵声や侮蔑の言葉をかけられ、悪く言われるのがオチだ。
 それでも、柚木は自分にできることはやってきたつもりだった。
 でも、その果てにあるのは、空しい空虚な気持ちだった。
 そのことを、ずっと見ないふりをしてやってきた。
 千華子が教員を辞めた時も、悪いとは思いつつも、表立って庇うことはしなかった。
 だが、千華子のように誠実に教員としての仕事をしようとしていた人間ほど、この仕事に着いて行けずに辞めていくのを幾度か見て、疑問に思うようになってきたのだ。
 どうして、誠実な人間ほど追い詰められるような仕事に、「教師」はなってしまったのか。
 そもそも、そんな仕事を続けていくことに、意味はあるのか。
 柚木は、今でも千華子は教師に向いていると思っている。
 本当は、千華子のような人間が教師としてやっていくのが望ましいのだ。
 でも、今の実情では、千華子のような人間ほど、追い詰められていく。
 同じ職場で働く者達も、必死で仕事をやっているのにも関わらず、世間の批判は止まない。
 それがわかっているのに、皆耐えていくしかないと思っている。
そ んな現実が、柚木は堪らなく嫌だった。
 そして、そんな中で教師を続けていくということが、とても疎ましく感じられてしまったのだ。
 だから。
 辞めてしまおうか、と思ったのだ。
 これはけっこう本気で考えた。教員を辞めた後のことは不安だったが、それでも、このまま報われない思いを抱き続けるよりは、はるかにマシに思えたのだ。
 ただ。
 そう決めた瞬間に思い出したのは、教員を辞めると自分に告げた時の、千華子の表情だった。
 あの時。
 確かに、千華子は苦しそうだった。
 けれどその瞳は、決して諦めていなかった。
 教員を辞めることで、千華子は前に進もうとしていた。
 そうして。
 そんな時に、柳瀬から連絡があり、千華子が学童の仕事を引き受けてくれた、と教えてくれたのだ。
 その知らせを聞いた時、自分はどうなんだろうか、と柚木は考えた。
 今のまま、空虚を抱えながら仕事を続けていくことはできなかった。
 だけど、そのまま辞めていくことは、何か違うような気がした。
 ならば、考えれば良いのだ、と思った。
 どうして、教師の仕事がこんな空虚を抱えるようなものになってしまったのか。
 その答えを求めてみようか、と。
 そうして、今。
 柚木は学校の前のコンビニ駐車場にいた。
 怪我は癒えたが、事後始末というヤツである。
 柚木が教え子の保護者に刺されたということは、もう学校の管理職には伝えてあった。
 柚木の今の赴任先の保護者ではないものの、その事実に、管理職は危機感を持ったらしい。
 保護者に刺されるなどあってはならない、と。
 電話で報告をする柚木に、そう言い放ってくれたのだ。
 あってはならないも何も、柚木は巻き込まれた方なのだ。
 友人を刺そうとしていたから、庇ったに過ぎない。
 そもそもおかしいのは、どう見ても新見じゅえるの母親の方だった。
 自分の子どもの担任をしていた教師全てに探偵を付けてその行動を探っていたなど、警察から事実を聞いた時はぞっとした。
 だから。
 柚木は、譲る気はなかった。
「外聞が悪い」と言われるかもしれないが、「自分は悪くない」と言うことを、伝えていこうと思っていた。
 もしかしたら、今の仕事を失うのかもしれない。
 けれど、自分の心や誠実さを曲げてまで続ける意味はない、と静養している間に決めたのだ。
 「教師だから」と言って、全てのことを飲み込むことも、耐えることもしなくて良いのだ。
 嫌なものは嫌だと、理不尽なものは理不尽だと、声に出す。
 新見じゅえるの母親は―今は、心神喪失になっていると言う。 もし千華子が刺されていたら、多分、それ以上彼女に責を追わせるようなことはしないだろう。
 でも、だからこそ、なのだ。
 自分のような人間が、声を出して言う。
 保護者だからとか、教師だからとか関係なく。
 嫌なものは、嫌だと。
 それでまちがっていると言われるのならば、それまでなのだ。
 だけど、そのことであきらめるつもりはなかった。
 その時は、大学に行く。
 どうして、教師の仕事がこんな空虚を抱えるようなものになってしまったのか。
 その答えを求めていく。
 そして、その解決方法も探っていく。
 また子ども達と、誠実に向き合うことを、選んだ千華子に負けないように。
「それじゃあ、いっちょ行って来ますか」
 柚木はそう呟くと、車のエンジンをかけた

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